公開日 : 2018/05/10 | 更新日 : 2018/05/11

施設番号 89  帆船日本丸 / 横浜みなと博物館

今日は、子供がいたため、子供でも楽しめそうな船見学&博物館にしました。

もちろん、船の見学や横浜の歴史も興味はあるのですが、今回のメインの目的はこちら、柳原良平さんの個人ミュージアム

いたるところに柳原さんのイラストが大きく使われているのですが、さすが!のインパクトです。

どれもポップでかわいい。

先日行った「刀剣博物館」もできたばかり(2018年1月19日オープン)でラッキーだったのですが、こちらのミュージアムも2018年3月27日にオープンしたばかりでした!

さて、10時の開館と同時に入りたかったのですが、準備にもたついて11時頃にようやく横浜入りし、駐車場を迷っているうちに(結局近くのランドマークタワー駐車場にとめました)12時前になったので、まず食事をすることにしました。

いつもながらまったく下調べをしていないながらも、「船の博物館だし、港カレーが食べられるレストランがあるに違いないっ!」と妙な自信と共に、ランドマークタワー内のレストランは目もくれず、博物館方面へ。

すると、

ありましたよ!
ミュージアムショップ横に、直営っぽいレストランが。

やった!カレー!

…と思ったら、なんとイタリアンレストラン💦

ここはぜひ、横浜発祥の食べ物(ナポリタンとかシーフードドリア)の洋食屋さんとか豪華客船で出る食事とかであってほしかった~。

もちろん船員が金曜日に必ず食べるといわれるカレーも置いてなくて、ちょっと残念でした。

後で調べたら、レトルトではまさにそれ!っていう商品が販売されていました。
日本丸練習船カレー(外部サイト)

それでもいいから白いご飯に乗せて出してほしいなと思ったり。。。

そういうとこ、雰囲気も含めて楽しみに来ている客って多いだろうにと思うのは私だけなのかしら。

店内から見える船の景色が素晴らしいだけに、余計に残念。

ピザは窯でちゃんと焼いていて、パスタも凝っていて、とってもおいしかったです。

ワインなどは樽で複数用意されていて、すごいこだわりを感じます。

ただ、やっぱり、せっかくの施設内レストランなら、施設とコンセプトを合わせた方が三方よしじゃないかな。

あと、もうひとつちょっと残念だったのは、食事が済んだあとに施設に行ったら、提携の10%OFFの看板があったこと。

これ、会計の際にはまったく言われませんでしたし、看板も置いてありませんでした。

ひとこと言ってくれたら嬉しい気分になるし、後で知ったら悲しいのはわかるだろうに。。。

それならむしろ10%OFF特典は初めからないほうがいいですね。

 

よかれと思ってやっていることでも、来た客がたとえ一人でもがっかりする結果になるようなことは、しないほうがいいのだなと、いい勉強になりました。

さて、気をとりなおして。

ぐるっとパスは、船&博物館&アートミュージアムの見学ができる共通券と引き換えができました。

はじめに船から見ようかと思っていたのですが、突然の雷雨!

レストランからショップを通って横浜みなと博物館に行くことができるので(こういうところ、嬉しい!)、全く雨に濡れずに博物館に行くことができました。

スタンプも子供は大好きなので、喜んで押していました。

子供でも押しやすくて、くっきり綺麗で素晴らしい。
最近のスタンプはすごいです。

日付を書ける場所があるとなお良いかな。

ここの博物館も、入口から館内撮影禁止で、言葉でしかお伝えできないのですが、とにかく内容が充実していて面白かったです。
リニューアルオープン当時の様子(外部サイト)

船の模型がいたるところにあるのが印象的で、解説も子供が楽しめるように蓋を開けて答えを見るような工夫がなされていました。

圧巻なのは、入口すぐにあるペリーの黒船来航の様子の模型。
何か所かに双眼鏡があり、小さなペリーを探すという仕掛けになっていました。

個人的に面白かったのは、横浜港の歴史コーナー。
江戸時代に、もともと入海だった横浜村の一帯を埋め立てて吉田新田という新しい土地を作ったそうなのですが、地形がまったく変わってしまうくらいすごい事業です。
今でもその形がはっきり残っているのが面白い。

その後、ペリーの黒船で開港を迫られた時に、一度は条約で「神奈川湊」を開国港として定めたのに、神奈川湊を開港すると庶民と外国人とが接することが多くなり、攘夷派への影響も大きいと考え、急遽、当時は漁村に過ぎなかった「横浜村」を開港場としたそうです。

諸外国からは、かなり反対もあったそうですが、なかば強引に押し切りました。

それから、関東大震災。
ほとんどが埋立地だった横浜港は壊滅状態になります。
戦争でも一帯が焼け野原に。
戦後は街が一時期完全に英語に変更され、アメリカ領土になった時期もあったようです。

そんな度重なる大打撃にもめげず、横浜は何度も復興します。

人って、何があってもやりとげられるし、立ち直れるんだな、とすごく感じることができました。

その他に個人的に面白かったのは「横浜博覧会 YES’89」の展示。
あったなぁ~!そういえば。
当時住んでいた実家から近かったし、家族とも友人とも何度も行って記憶に残っていました。

今はYouTube(外部サイト)でも山のように当時の映像が見られるし、いい時代になったものです。

博物館の建物の造りが変わっていて、迷いそうになりながら、ゲームをしたり、映像をみたりと、あっという間に時間がすぎました。

2階にあがると、特別展示室として柳原良平さんのアートミュージアムがあります。

実は柳原さんの常設展はここが初めてではなく、「アンクル船長の館」(1995.9~2009.9)、「なにわの海の時空館」(2010.4~2013.3)にて展示されていたようです。

以前、旦那が「柳原さんの常設施設があったのに、今はウェブ上でしか作品を見られなくなっている」と言っていたのですが、どうやらそれらの閉館のことを言っていたようです。

調べていてわかったのですが、「アンクル船長の館」は柳原さんご自身がとても気に入っていた場所で、アトリエが再現されていたり、トリスバーがあったり、入場券でトリスハイボールが一杯無料で飲めたり(そうそう、そういうのが嬉しい!)と、遊び心あふれる施設だったようです。

ここは、官営ではなく、常石造船という企業が運営する民営施設。
官営でも閉館することはありますが、民営だったために、不況のため閉館を余儀なくされたようです。
時は2009年。
ソニー木原研究所が解散した2006年を含め、2005年から2010年くらいの時期は、不況という名のもとに大事なものをばっさり切り捨ててしまっていた時代だなぁとつくづく思います。

閉館の際には、柳原さんは「経済不況が文化を追い出すという文化度の低さを痛感しています。」とコメントを出されていたようで、相当お辛かったんだろうなと思います。

なぜ「横浜みなと博物館」に常設展オープン?と思って調べたら、どうやら2016年にご遺族が横浜市に作品を寄贈されたのですね。

そしてその年の8月に企画展をしたところ、反響が大きく、では常設展にしよう、となったようです。

ご遺族が国や市や区に遺品一式提供してからの、記念館というパターンですね。

遺族が独自に遺品を管理運営するのは相当な覚悟がいりますからね~。
私も暗中模索です。

多くの人に見ていただくという意味もふくめ、資料が半永久的に適切に管理されるというメリットもあり、遺族がそのパターンに行きつくのは一つの解決策かなと思います。
ただし、超有名人に限る、ですが笑

最後に、雷雨がやんでくれたので、船の方に移動。

船の中に入るのは久しぶりで、子供はほぼ初めて。

内部は人がいた頃の気配を感じて怖かったけれど、明るい歌を歌いながら、なんとかのりきりました。

見えにくいけれど、船内の各ベットにはシーツが綺麗に折られていて、作品名がついています。

こちらは作品名「花」。

結構凝った折り方のシーツがたくさんあり、見ごたえありました。

撮影が自由なのは思い出にもなって嬉しいですね!

 

 

帰りの船と空の景色。

 

船も博物館もとても見ごたえがあり、楽しい施設でした!

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