公開日 : 2018/04/18 | 更新日 : 2018/07/23

自分らしさをとりもどすリハビリ開始

昨日、あるプロジェクトの集まりで、ディレクター、つまりトップの権限を持つ人を決めるという話から、今回は私がディレクターになる、と決まりました。

2016年秋から、父の本復刊クラウドファンディングを立ち上げたり、2017年に盛田昭夫さんの本復刊クラウドファンディングを立ち上げたり、2017年暮れに株式会社を設立して代表になったりと、一見、すでに私がトップかのような動きをしていたのですが、ここにきてあらためて自分の身のこなしを考えてみたところ、まったくトップらしからぬマインドだったと気づかされました。

私は20代後半から40代前半までの20年ほど、ずっと下請けの下請けといったベンチャー企業に所属していました。

そこでは、上司にプロジェクトの全体像を話してもらい、自分なりに考えて、工夫して制作するということを繰り返す日々。

20年の間には数社転々としましたが、どの会社も小さかったので、例えば企業サイトを1つ作るという案件があると、だいたいデザインからコーディングからプログラムから全部1人でこなすのが当たり前でした。
疑問があるともくもくと自分でネットで調べ、出来上がると上司に見せて判断を仰ぐ、といった調子です。

私はこのスタイルがとても気に入っていました。
ちょっと難しい案件ほど、嬉々としてこなし、上司やクライアントが喜ぶ姿を糧にしていた記憶があります。

…そうやって考えてみると、父も初期のソニーの頃はきっとそんなスタイルだったのかなと思います。

そのスタイルと、私が求められはじめている役割とは、かなりな隔たりがあることに今回気づかされました。

今まで気に入っていた世界は、「与えられた範囲内で自分らしさを発揮して、制作のみに集中して、良い物が作れればそれでよし」な世界。

求められているのは、その世界を統括する存在になること。

その視点を指摘されたとき、あらためて、今までなんて楽をさせてもらっていたんだ!と気づかされました。

2016年の秋以降、制作以外の事、営業や経理なども経験することになり、随分楽していたんだなとは感じていたのですが、その間もずっと、私がやったことは全て人(例えば旦那や母や知り合い)に見せ、善し悪しの判断をあおいでいました。

でも、徐々に、そのやり方ではひずみが出てきて、権限の問題、責任の所在をはっきりさせる必要が生じたのです。

今のプロジェクトは誰が最終責任をとる?となった時に、それは私でしょうねと自分でも思ったその後。
そうなると今までゆだねていた「最終判断」を、他でもない私自身が下さないといけないじゃない!と理解しました。

その新たな世界は、いままでいたレベルをはるかに超え、恐怖すら感じる世界。

他の人がどう思うかはいいから、自分はどう思うのか?ということと対峙しなくてはならなくて。

卒業論文の出来事以来、自分の意見をつらぬくことを一切やめて、当たり障りがないように、相手が喜ぶように、問題なさそうな範囲内で自分らしさを発揮することに慣れていた私は、さて、一体どうしたいのか、途方にくれてしまいました。

どなられても、激怒されても、心配されても、自分をつらぬく。

自分が好きなこと、わくわくすることを表現しつづける。

怖くて避けてきたことばかり。

常に意識して、できるように、リハビリ開始です。