公開日 : 2018/04/27 | 更新日 : 2018/06/05

施設番号 54  新宿区立林芙美子記念館

今日は、林芙美子記念館に行くことにしました。

目標は、漱石山房記念館と二ヶ所に行くこと。

記念館までとてもわかりやすく、楽につくことができました。幸先いい感じ。

記念館に到着して、その広さに圧倒されました。
自宅が記念館になっているそうで、建物好きとしては期待大です。

例によって、事前に予習していかなかったので、ご自宅が見られるらしいというくらいの知識。

さらに言ってしまうと、実は私も旦那も、林芙美子さんを知りませんでした💦

『放浪記』の作者と知って、へー、森光子さんのでんぐり返しの、というくらい。
もちろん、読んだことなし。

そんな、良くいえば、まっさらな気持ちで見学させていただきました。

こちらが全体の見取り図。

写真を撮りそびれていたのですが、この横に、建物へのこだわりが書かれた文章が載せてあり、それを読んで、一気に共感してしまいました。

自分で建てるからには、とことんこだわりぬいて、普段使いするところほど贅沢に仕上げる。

私もこうありたいと思いました。

家屋の設えも、とっても素敵で私好み。
書庫があるところも羨ましい。
使用人室なんてのもあり。
二段ベットということは、使用人さん、2人いたのね。

庭もきれいになっていましたが、本来は竹林だったそうです。
もしそうだったとしたら、ますます私好み。

竹の柄杓。柄が細くて面白い。作ってみたい。

企画展で太宰治さんと林芙美子さんについて展示されていたのですが、太宰治さんの印象が大きく変わりました。

神経質で文壇の問題児、精神を病んで自殺、みたいな印象でしたが、実際本当にそうだったのかなぁ?と思うくらい、気さくでお茶目な一面があったようです。

そして、後で知ったのですが、林芙美子さんも随分印象が悪い部分があったのですね…。

全く知らずに見ていたので、そんな感じは一切見受けられなかったです。

施設にあった、亡くなる数日前の公開テレビのやりとりを見ていても、太宰治さんとの交流の様子を読んでも、全く悪い印象は受けなくて。
あんな丁寧に建物のことや人のことを考える人が、そんなに問題のある人だったとは到底思えず💦

まあ、相当に嫉妬深かったというのは、手塚治虫さんもそうだったらしいので、その感じが悪い風に広まったのかなとは思います。

びっくりしたのは、47歳で亡くなっていること!

「放浪記」などは、森光子さんが演じておられたので、もっと年をとった方が書かれたものかと勝手に思っていました。

そして、その若さであの建物ですか!
すごい…。

ご本人がいたら、こんな風に全部見られてびっくりするだろうなと思いながら、建物中を外からくまなく拝見させていただきました。

そんな感じで長々と見続けてしまったので、全く時間がなくなり、二ヶ所目に行くのはあきらめました。

それにしても、新宿区が運営しているからか、入場料金が安い!

よくあの状態で運営できているなぁ、と別な意味で感心してしまいました。

あの邸宅がどのようにして記念館になっていったのか、興味があります。

芙美子さんには養子がいたそうなのですが、その方もかなり若くして事故死してしまったようです。
夫がいたそうなので、その方がきちんと遺品整理して、新宿区に建物ごと寄贈したのか、どうなのか。

普通は売りに出されて、他の方が買って改築して、となりそうなところを、そのまま保存公開できたのが奇跡的というか、不思議だなと思いながら、こういうこだわりのある建物がきちんと残されているのが良いなと思いました。

あらためてサイトを見たら、ガイドツアーなんてものがありました。
知らなかった~。

さらに、林芙美子さんの命日のある6月に、建物の内部公開がされていて、管理事業者の公益財団法人 新宿未来創造財団のHPから申し込むことができ、抽選で見られるようです。

せっかくなので、さっそく申し込みしておきました。

この建物は、また行くことになりそう。

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現在累積額:1650円

公式サイト → https://www.regasu-shinjuku.or.jp/rekihaku/fumiko/12/