公開日 : 2018/05/12 | 更新日 : 2018/06/22

施設番号 47  新宿区立漱石山房記念館

今回は、西新宿にある「新宿区立漱石山房記念館」に行ってきました。

私はあまりこのあたりに土地勘がないのですが、周辺で幼少期を過ごした旦那がとても詳しく、さくさく案内してくれるので楽に行くことができました。

高田馬場からバスで穴八幡宮前で降り、参拝してから(→ 穴八幡宮)、たい焼きを食べつつ、現地に向かいました。

普通の住宅地におもむろに記念館が登場!

ここは、夏目漱石さんの終焉の地、です。

今回も例によって事前の調査をせず、北斎記念館の例もあるし、個人記念館なのできっとカフェやレストランはないだろうと予測していきました。

あったんですよ、これが笑
またも予想が外れました。

記念館内は、全館写真NGです!

実は、部屋の再現のところに写真NGマークが出ていたので、その他の場所なら大丈夫ということだろうと勝手に考え、パシャパシャ撮っていたら、受付の人に注意されてしまいました💦

次回からは、必ず受付の人に写真OKの場所を聞くようにしますです。

唯一写真OKですと言われたのは、この、入口の記念館のパネルです。

ここは行くとわかるのですが、非常に面白い造りになっていて、漱石山房と呼ばれた建物の再現が、部屋だけでなく、テラスから屋根までにわたり、それを包み込むように大きな建物が建っており、それが三階建てになっていて、上からも漱石山房のようすが見えるのです。

これ、実物ならわかるのですが、再現家屋でこの手厚い保護ぶりとは面白いなぁと思いました。
(ちなみに実物は戦時中に戦火により焼失しています)

なるほど、夏目漱石記念館ではなくて、”漱石山房”記念館なんだなと。

施設の内容も、施設に入る前の無料の場所に、夏目漱石の生涯解説パネルが置いてあり、有料施設の部分は漱石山房についてじっくり知るためのものとなっていました。

なんか不思議。
御本人が何をしたかよりも建物に意識がいっている感じ。
ちょっと林芙美子記念館の時にも感じた不思議さでした。

生涯解説パネルで一番驚いたのは、漱石さんは49歳で亡くなっていたこと!
ものすごく若すぎてびっくりしました。

てっきり70歳くらいで亡くなったのかと思っていました。
(そういえば、林芙美子さんにも同じこと思ってましたね)

そして、38歳から49歳の11年しか作家活動をしていないこと。
そのうちの2年は別の仕事の合間にしていて、あとの9年は朝日新聞の専属作家だったこと。

漱石さんが以前先生だったことや、イギリスに留学していたこと、留学の際に神経を病んでしまったことなどは勉強して知っていたのですが、慕ってくる門下生が漱石山房に集う木曜会の存在などは全く知りませんでした。

今回調べた際に見つけたこの記事が面白かったです。

40歳で朝日新聞へ(朝日新聞ひろば)

無料で見学できるのは、この生涯解説パネルとビデオ、地下1階にある図書館でした。

ひととおり見終わった後に、併設カフェに行きました。

ちゃんと撮影許可、もらいました!

私はバターケーキとほうじ茶、旦那は羊羹と珈琲セット、それからカレーパン。
メニューは撮りそびれましたが、漱石ゆかりの食べ物も売られていました。
併設カフェはそうでなくちゃ。

ミュージアムショップには漱石山房記念館の冊子が売られていて、見たら展示と同内容の写真と説明があり、写真撮る必要なしでした。
どうせ買うなら、最初っから買ってしまうというのも手ですね。

カフェ後、隣の漱石公園に行くのを忘れて帰りかけたのですが、思い出して戻りました。

漱石山房の写真で印象的だった芭蕉。
一本だけありました。

わざわざ戻ったおかげで、漱石公園で記念館が立ちあがるまでのビデオを見ることができ、管理の方から貴重なお話を伺うことができました。

そして、この不思議な造りの記念館の謎がちょっとだけ理解できました。

この記念館は、親族主導というよりも「漱石山房を考える会」という団体が頑張って頑張って作り上げたものなようです。

NPO法人 漱石山房「はじめに」

熱心な人々の情熱のもとに活動が大きくなり、区が賛同し、記念館へというパターン。
すみだ北斎美術館と同じパターンかな。

夏目漱石の遺族は、県立神奈川近代文学館に遺品のほとんどを提供しています。
つまり、漱石山房記念館にある復元された机や本、写真や書簡のほとんどの現物は、神奈川近代文学館にあるのです。

それらを借りて復元してまで、漱石山房の建物を復元したかったという情熱がすごい。

実は、漱石の遺族も、戦火で焼失するより前に、漱石山房を記念館にと思った時期があったようです。
(理由は財政難のせいだったようで、その当時の新聞記事が展示されていたのですが、書かれ方が辛辣で面白かったです)
でも、うまくまとまらず、なおかつ、門下生達の反対もあったようです。
思い出の場所をお金儲けの場所にするなーというわけ。
保存目的と一般公開とのジレンマ、ちょっとわかります。

そういったことと、戦火で全消失してしまったこと、その後区営住宅が建ち、まったく遺族の手を離れてしまった土地だったため、おそらく積極的にそこに復元したいと遺族が先導をきったわけではなかったんだろうなと思います。

ちなみに、近代文学館で提供しているweb版夏目漱石デジタル文学館がすっっごいです。
こんなすごいものを作って、さらっと提供できる近代文学館は只者ではないので、一度行かないといけないと思いました。

日本の全ての貴重な資料が、こうやって統一感のある形で公開されたら、素敵だなぁ。

帰りに、漱石さんの誕生の地にも行きました。

 

旦那いわく、記念館が建つ以前の漱石公園はあまりきちんと整備されていない場所だったそうで、それを見るならこの誕生記念碑を見る方がいいよと人に言っていたそうです。

だから、綺麗に整備された記念館と公園に驚いていました。

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