公開日 : 2018/10/28

「だいすきな先生」を読んで

小学校の思い出の中で得意に感じた出来事を、第4章「だいすきな先生」にまとめています。

前回までは、出来事や人物の説明を淡々と書いているだけな印象で、ちょっとどう読み解いていいのか感想に困ったのですが、今回は一気に得意分野に突入したからか、何が好きで、何が楽しかったかを一気に書き連ねていて自伝らしくて助かりました。

あまりに面白くて楽しかったからか、どうだ!すごいだろう!という想いをそのまま書きすぎて、はたから見ていると嫌味に感じるくらい(笑)ですが、本人はいたって純粋に楽しかった思い出を書いているようです。

この章で父が伝えたかったことは

  • いい先生との出会いが自分をここまで育てた
  • 楽しいと思うことをやっていくと、周りからも評価されてますます楽しくなる
  • 基礎をきちんと知っておくと、応用は簡単

本当に父の言うとおりだなと思います。

そして、我が身をふりかえって、本当にいい先生に恵まれなかったなぁ💦ということと、私の娘が今ちょうど小学4年生なのですが、いい先生に恵まれていないなぁ💦と感じました。

娘は1年生の担任の先生はとても良い先生だったのですが、不運にも次年度から担任が1年交代になってしまい、さらに、2年生の担任は生徒に流されてテンパってしまう先生でまともなクラスにならず、3年生の担任は生徒を褒めもせず無難にやりこなす先生で、4年生の担任も新人先生でテンパるタイプで全く授業にならず。

1年生の時は、勉強や授業に対してキラキラと楽しんでいた娘も、授業にも先生にもキラキラを見出せなくなったようで、ちょっとやさぐれかけています。

かくいう私も、小学校から高校まで、勉強の楽しさが全くわからず、一体何のためにやっているんだろう?と思っていたので、出会いって、先生って本当に大切だなぁと、この父の楽しそうな文章を読んで感じました。

ただですね。
単なる出会い云々だけではない、何かもっと別の大きな問題点も感じるのです。

今、絶版書の『情熱の気風―鈴渓義塾と知多偉人伝』(二宮隆雄 著)を読んでいるのですが、戦後の教育システムそのものに、問題の萌芽がある気がするのです。

なぜかというと、これらを読んで感じるのは、父も含め、この頃(戦前戦中)の子供が、みんなすっごく大人!!ということ。
対応する大人はもっともっと大人です。

どうしてそうなっているのかというと「教育を受けることが当たり前ではなかった」ということが大きいのではないでしょうか。

みんな教育に飢えていて、学ぶ喜び、学ばせていただけていることに対する感謝、みたいな想いを子供たちが強く持っている様子が感じとれます。

それを受けて、できるかぎりきちんと学ばせてあげたい!という大人が集まって学校ができあがっていたので、当然、そこで教える先生は生半可な思いではなく真剣に教えていたわけです。

そんな思いの生徒と先生がいれば、素晴らしいことにならないわけがない。

生徒も先生も誰しもが、早く自分がしっかりせねば!という気概を持つことって、とても大切なのですが、現在の生活環境って恵まれすぎていて、そこに気づくのにとっても時間がかかってしまうようです。

戦後の手厚い教育システムが、むしろあだになっているのではないかなと感じるくらい。

私が気概をもったのは40過ぎといっても過言ではありません笑

父は20歳の頃にはもうその気概は出来上がっていて、23歳でテープを開発し、24歳で日本初のテープレコーダーを開発しています。

その当時の井深さんは42歳で、G型で記録した井深さんの音声テープが残っているのですが、42歳の声ではない!
落ち着いて老境に入っている感じで60歳くらいの印象です。

戦前戦中の先生方も、子供に教える頃にはもうどっしりとした気概のもとに、テンパることもなく対応できたのではないかと思います。

けれども、そんな問題点を感じつつも、父の文章を読む限り、父以外の生徒の様子は、現在の子供と同じような反応だし、結局のところは、自分がどう感じてどうつかんでいくかということにつきると思いました。

どんな辺鄙な環境、恵まれない環境にいても、自分はそうありたくない、こうありたいんだ、という気持ち

周りの誘惑に流されず、周りから何を言われようと気にせず、好きなことにのめりこんでいられる気概

それでいいんだ!と強く思うには、それを認めてくれるような良い大人に出会うことが一番で、父は自分を認めてくれる出会いが早くからたくさんあったおかげで、早くに気概を持つことができたのですが、そんな出会いがなくても自力できっとできることなのです。

私の場合には、若い頃に思うことをやっても褒めてくれる大人もいなければ、不運にも好きなことを表現した際に全力で否定する大人に出会ってしまい、大幅に好きなことをする意欲を失ってしまったわけなのですが、時間はかかっても結局は好きなことをやりはじめることができました。

子供たちには、是非、私よりも早く、強い気概を持って、若いうちから好きなことをわくわくしながら楽しでもらいたいと思います。
そのために私は、全力で才能を認めて褒めつづけたいです。

そうそう、この章では触れていませんが、父の母は、父のことを常日頃褒めまくっていたそうです。

大人は子供に対して、そうあらねば!