公開日 : 2018/08/28

「初恋は小学一年生で」を読んで

前回にひきつづき、幼少期の思い出話がメインの章になっています。

みなさん読んでどう思われましたでしょうか。

私は、書き起こしていて、前章に続いてまた、誰の何を書き起こしているのかわからなくなるところでした💦

父の自伝なはずが、他の人の出来事が詳細に書かれていて、父は傍観者として時々登場するだけ。

それゆえ、この章の感想もどうまとめたらいいかわからなくなり、何度も何度も書き直して非常に時間がかかってしまいました。

父は、事実や現象の説明のほうが得意で、自分や人の心情を入れることがどうもおそろかになってしまうようです。

本来、自伝ならば、強烈な原体験、こんな変わった出来事や人と出会って、私はこんな風に影響を受けたなどといった心情が入るべきところなのですが、この章にはそういった記述が一切ありません。

単に変わった子が二人いて、気にかけていたその子が突然いなくなったから寂しかった。以上っ!

登場した子達がどう思っていたかの表現が一切ないですよね。
気にかけているわりに、ちゃんと本人と会話して関わろうとしていない。

もしかしたら、父にとっては「変わった子」は「変わった電子機器」と同一なのかもしれないとすら思えてしまいました。

…機器そのものがどう感じでいたかはどうでもいい、みたいな…?

まあ、それはちょっと考えすぎでしょうが、根本的に人がどう思っているかにそれほど興味がない、というのはあったと思います。
だからこそ、ああいう一途な開発ができたのだと思えるのです。

私みたいに、中途半端に人の気持ちに左右されているようではダメなんだろうなと、父の一途さを見て思うことが多々ありました。

冷たいと思われようが、自分の思いを貫く。
他人が何と言おうと、何をしようと気にしない。
逆に、他人の目を気にして自分を良く見せようとかいう気持ちも一切ないので、生き方がシンプル。

この章を読むと、いくら頑張って友達との思い出を書こうとしていても、結局自分のことしか考えていないのがよくわかります笑

そんな自分勝手さも、いい意味で発揮されれば、結果として世の中のため、人のためになって多くの人から喜ばれるのだから不思議なものです。

この章で感じた「もしかして、父って、影響を受けた友達とか先生とか、まったくいなかったの?」という疑問は、次の章で解消されます。

先に書いてしまうと、先生はともかく、影響を受けたり、趣味を共有できる友達は、まったくいなかったようなのです。
だから、この章では(仕方なく?)こんな感じに客観的ながら印象的だった思い出話が集められたのかなと思います。

子供向けの自伝なのを意識してか、編集者さんに言われてなのか、頑張って幼少期の友だちの多さやみんなと一緒に楽しく学校生活を過ごしていた、という雰囲気を文章に盛り込もうとしている感じがありますが、実際のところは一人で遊ぶのが大好きな子だったのでしょう。

次章ではついに隠しきれずに、父の本来の姿が現れてしまいます。

まあ、父に限らず、何かを成し遂げて結果を出した人というのは、幼少期からちょっと変わったところがあり、友達もいないで、群れずに一人で、という人が案外多いように思います。

あらためて考えてみると、先ほど書いた、人のことを気にしない、気にすることができないという気質と、友達もいないで一人でいる、というのはつながりがありますね。

友達が大勢いて、人のことをよく気にかけることができる人、というのが理想ですが、それにしばられすぎると私みたいに何をやりたいんだかよくわからない状態になってしまうので、まずは周りに惑わされずに自分を貫くことが大切なのかなと思います。