公開日 : 2018/07/29

「エジソンにそっくりですね」を読んで

1999年、某出版社の要請で父は子供向け自伝を執筆していました。
結局その偉人伝シリーズは刊行されず、 ほぼ仕上がった状態の原稿はずっと家に保管されたまま。
その存在を私が知ったのは、父が亡くなった後でした。

今回、自分の持っている情熱をきちんと探すきっかけとして、この子供向け自伝の原稿を父のサイトで一般公開しようと思い立ちました。

さらに、親が書いた子供向けの自伝を子が読んで、子供目線からその感想を書いてみるのも面白いなと思い、面白いと感じたことは何でも挑戦してみよう!と自分のサイトに書いてみることにしました。

自伝は、こんなすごい人がいたんだな、という視点ではなく、是非、こういう考えを持てば私も自分らしく生きることができ、結果的に人の役に立てる仕事ができるようになるのかもしれないな、という視点で読んでいただきたいなと思います。

まずは、結婚式のテープの話から始まります。

井深さんの「金のタマゴ」発言は、母から面白おかしく、何度も聞かされたエピソードの一つでした。
父から直接聞いた覚えはあるか、ないか?という感じです。
皇居にインターホンを設置しにいった時の感想とか、こんなふうにモノづくりをするんだよとかいった自分の体験談を話してくれることはあったけれども、こんな風に褒められたとか、自分はこんな賞をもらってすごいんだぞ、といった話をすることは全くなかったですね。

おかげで私は、父が何をやっている人なんだか、どれだけの人なんだかは全く理解していませんでした笑

ただ、心底、自分に自信がある人、自分のことを信じ切っている人だったということは覚えています。

だから、子供ながらに、何でもできる人だろうという思いがあり、実際なんでもできる人だったので、年老いて、間違いがあったりしても、見なかったことにしたり、父が失敗するところを見たくなかったりという複雑な子供心があった覚えがあります。

特に子供に対していばったり命令したりするわけではなかったのですが、なんだか絶対的な存在でした。
その昔、父親(旦那)を馬鹿にするコマーシャルがありましたが、父を馬鹿にするとか、全く考えもしなかったですね。
顔も見たくなかった時期はありましたけれど…。

それはさておき。

この”結婚式テープ”は「自宅のわたしのつくえの中に、だいじにしまって」あったものだということですが、この執筆当時(1999年)に住んでいた家は、一軒家でした。

二階には父と母の寝室があり、奥に父がパソコンなどの作業をするコーナーがありました。
父は帰宅して食事が終わると、常にその場所にこもって作業をしていました。
ただ、作業とはいっても、仕事のものは一切家に持ち帰っていなかったですね。
今あらためて考えるとすごいな!と思うのですが、
父は守秘義務意識が徹底していて、今、会社で何をやっているといった話は家では一切しなかったです。

おかげで私は、父が何をやってい…(以下略

2004年にマンションに引っ越し、残念ながらその際に、この机は処分してしまったようです。
机の中に入っていたという”結婚式テープ”も今は行方知れず。
引っ越しの時は、私も京都に滞在していた時期と重なり、非常に慌ただしく、じっくり見ている余裕がなかったです。
もうちょっとちゃんと見ておけばよかったとも思うのですが、置く場所があるわけでもないし、私に何が貴重なものなのか見る目もなかったし、第一いまほど父のしていたことに関心があったわけでもないので、ああなるより仕方がなかったです。

まだまだ父の資料整理ができていません。
いつか見つけたいです。

この子供向け伝記は、『ソニー技術の秘密』刊行の2年後という直近に執筆されているので、明らかに『ソニー技術の秘密』の文章そのまま使っているなと感じる箇所がいくつかありました。

お気に入りの言い回しだったんでしょうね。

ただ明らかに違うところがあります。

・ルビがものすごく多い

・出来事に対しての父の思い、感情表現がかならず入っている

どちらももちろん、子供が読み進めやすいように、感情移入しやすいようにの配慮なのでしょう。

ルビが多いのは書き起こすのが大変💦

それから、父は子供に対し感情豊かに接するような人ではなかったので、伝記中の感情の表現が非常にとってつけたというか、下手な印象を受けてしまいました笑

そう感じるのは私だけかもしれませんが、とにかくその違和感を面白がりながら、楽しく書き起こしています。