公開日 : 2018/08/16 | 更新日 : 2018/08/29

達人に学ぶ:反応しない体幹づくり

行方不明になっていた子供を捜索開始20分で救出した尾畠春夫さん、本当に只者ではないです。
非常に強い信念とポジティヴ思考がすべての行動に一貫しています。
無駄な思考一切なし。

子供が生きてると信じて疑わなかったから、その通りの現実があらわれたのでしょう。

この方のすごいところはたくさんあるのですが、私がはっとしたのは、あるたわいもないインタビューの返し。

「お身体、悪いところありませんか?」
(お年寄りなんだから身体悪いところあるだろうから聞きたい。聞いて、それは大変ですねと言いたい)といったネガティヴ要素が裏に見え隠れしている質問に対し、「はい、悪いところ3つありますよ」と即答。

それに対して(嬉々として)「差し支えなければ」という人に対して、「顔が悪い、色が黒すぎる、足が短い、の3つですね」と返す。

返しまで達人!!

相手の質問をきちんと受けながら、ネガティヴ要素を全くはねかえして、ポジティヴ自虐で笑いに変換。
言う必要のないことを答えないですみつつ、相手を不快にさせようがない回答。

昔から何度か、こういう返しをする人を見て思っていたけれど、最強の返し方だと毎回思います。

もちろん真似してああいう返しをしたこともあるのですが、心に揺らぎがある人がああいうこと言うとちゃんとした返しにならないんですよね。

ネガティヴ自虐ととらえられて、憐れまれたり。
もっと悪いと「なめてんのか!」と怒られてしまう。

言葉に陰がなくて、相手から見ても嫌味じゃないことが大前提。

自分に絶対的な自信を持った状態で、言ったときに「またまた~」と笑ってもらえる絶妙なポジティヴ返し言葉を用意しておかないといけない。

高度すぎて、怖くて私には使えていないこの最強技を、軽々とやっておられる姿をみて、ふと合気道の創始者、植芝盛平翁に見えてしまいました。

道を究めると、みんなあんな感じの飄々とした仙人のようになるのではないでしょうかね。

感心してばかりいないで、どうやったら近づけるかを考えてみます。

先ほど書いたように、あの返しができるようになるには

・自分に絶対的な自信をもつこと

・絶妙なポジティヴ返し言葉を見つけること

これが必要です。

そして、後に書きますが、

・質問してきた相手の言葉や態度に即反応しないこと

これが実は一番重要なポイントだと思います。

一体、どんな風にしてこれらを習得すればよいのでしょう。

以前のコラムにも書きましたが、尾畠春夫さんもわかりやすいくらい、「情熱に根負け」で壁をぶちこわし、周りに行動を認めさせていますね。

もう、そうじゃないパターンを逆に知りたいくらい。

あそこまで極めた姿を見てしまうと、自分にはとても真似できない、私とは違う、と思ってしまうかも知れませんが、元をたどれば同じ立ち位置にいたはずです。

いまは飄々と仙人みたいに攻撃をかわしつづけている姿しかみられませんが、活動をはじめた当初は絶っっ対、試練レベル1~5を経験して、心揺らぎそうになった時期もあったはずです。

それらを情熱で打ち破り、結果を残し、自信につなげていったのでしょう。

今回、マスコミの心無い対応やら失礼な質問やらにも全く動じなかったのは、過去、相当な回数で心無い対応や失礼な質問をされ続けていて、それに対し、何度も試行錯誤を繰り返しながら一番相手にも自分にも痛くない転び方、返し方を習得していったのではないかと思います。

まさに合気道。

あれほど絶妙な返し言葉も、何度も話して慣れていたからこそ、即答できたのだと思います。
ネガティヴはいたるところに溢れていますから。
ボランティアで災害地域に行ったり、人助けに行ったりしても、簡単には信じてもらえないだろうし、それこそひどいこと言われまくっていたのだと思います。

それを情熱でかわしつづけ、辿り着いたのが、あのポジティヴ自虐な返し方だったのでしょう。

ちなみに、そういえば私の父も、返し言葉の研究をしていた節があります。

家庭でも、常にユーモアで返そうと、いろいろ策を練っていた姿を思い出します。

社内での講義などもユーモアだらけで、おちゃめな人だと思われていたようです。

父も非常に強い信念とポジティヴ思考がすべての行動に一貫していて、無駄な思考一切なしな人でした。

全然違うジャンルでも、達人になっていくと趣向が似てくるのかもしれません。

ただ、思春期の頃の私は、父のそういった言葉遊びの駄洒落が大嫌いで、全無視していました。

最強の返し方、やぶれたり笑

さしもの尾畠春夫さんも、家族にはそれらの返し、効果がないのではないでしょうかね。

私にとって、いちばんいい返し方って一体なんなんだろう…。

いままで私は、心無いことをいわれるたびに傷つき、悪気を感じる質問にも真面目に答えて、自分の発した言葉に悩み、を繰り返していました。

相手によかれと思って真面目に即答した答えが相手を傷つける言葉だったりして、思わぬ泥沼に発展してしまうことも、正直しょっちゅうありまして。

相手に問われるまま、誠実に答えてしまうことが、必ずしもいい結果を生むわけではない、ということに、いい加減気づくべきでした。

そして相手が何か言ったり、何か予測しないことがあると、それに対してすぐに反応したり、行動に移してしまっていました。

合気道でいうところの、相手の動きに飲み込まれている状態ですね。

そうではなく、一度きちんと受けとめて、自分の中、自分のフィールドにとりこんでから、反応する。行動にうつす。

これをしないと。

情熱探しも大事だけれども、この下手に即反応しない体幹づくりも非常に大事だと気づきました。

「わくわくする道を選ぶ」もそうですが、「相手に対して即反応する」も理想ではあるものの、初心者がやろうとすると危険です。
上級者になれば正しい即反応ができるのに対し、いまの私みたいな超初心者は間違った即反応をしてしまうからです。

「体幹づくり」のために、はじめは合気道でいうところの(受け身の練習)、つまり(相手の話をいったん受けとめる練習)からしないといけません。

多分、その姿勢が習慣づけば、選ぶべき返し言葉が自然に見つけられるのではないかと思います。

「自信」は(情熱探し)から、「返し言葉」は(相手の話を受け止める練習)から。

遊びだと思って、楽しんでやってみましょう!