公開日 : 2018/07/21 | 更新日 : 2018/08/17

情熱をとりもどせ

前回、自分の心に巣食うネガティヴ要素(エゴ)に押しつぶされている真っ最中だ~と書きましたが、そこから如何に脱出して道を進むか。

前までのコラムで、正しい道の進み方は、

 1.ネガティヴ要素が顔を出しても、すべて「情熱」で攻略する

 2.わくわくするかではなく、自分を貫くことを常に意識する

ということまではわかりました。

1も2も結局は同じことで、自分がどういったことに情熱を持っているのか、を常に意識すればいい。

「情熱」を見つけることこそ、すべての鍵!

でも、今の私は自分の情熱をすっかり見失っています。
情熱をとりもどしたら、本当に正しい道に進める??

今の気持ちは…この仮説に半信半疑ですが、他にどうしようもないので、とにかくやってみようと思います。

情熱とは何か。

自己啓発本には「情熱=大好きなこと・楽しいこと・嬉しいこと」と書いている本も多いです。
でも、これらも「わくわくすること」と同じく、間違えやすいことこのうえないです。

人が喜んでくれるから「大好き・楽しい・嬉しい」となってしまうことがよくあるからです。

それは私がさんざん間違えた道。

そうではなくて「情熱」って、人がなんといおうと知るか!!自分でもどうしようもないんだ!!!くらいなのです。

「自分がどういったことに情熱を持っているのか」の判断基準としてあげてもよいのは、以下くらい強烈なものです。

 ・ 寝る気もなくなるくらいやり続けても全然つらくない

 ・ 誰になんと言われようと平気でやれる

 ・ 誰に見せるわけでもない部分にまでこだわって一人で喜べる

これです。

「わくわくすること」も「大好きなこと」も全っっ然弱い!

「情熱」と呼べるくらいの勢いのものでないと、ネガティヴ要素にはとても打ち勝てません。

私にとって上の項目に匹敵する「情熱」なんて呼べる体験は、数えるほどしかなくて、しかも、徐々に弱くなっていました。
10代が一番激しかった。
そのうち情熱に対する扱い方がおっかなびっくりになり、こそこそするようになり、問題なさそうな範囲で留まるようになっていき、今では情熱があることすら忘れてしまっていました💦

これらをきちんと思い出せば、今の自分に熱量が戻ってくるのでは?
試す価値はありそうです!

そういえば以前、書くように勧められるまま、父と私の年代記を数話書いたことがあります。
でも、何で書かなきゃいけないのかが自分の中で明確ではなかったために、どう書いたらいいかわからず、すっかり止まってしまっていました。

この年代記を、あらためて「父と私の情熱記」として書き直してみようと思います。
年代ごとに、私が心からハマって熱中したものたちを思い出せる限り、すべて書き連ねてみる。
そうすれば、自分の情熱の傾向が見えてくるかもしれません。

父のことも書いて、情熱を対比させてみます。

それなら書く意味があるので、がしがし進められそう。

そこからも何か見えてくるかも!
そうだ、それすぐにでもやってみよう。

ちょっとわくわく。
このわくわくは、損得勘定も、お金も他人の目も気にしてない、自分だけのわくわく。
久しぶりにできました。