公開日 : 2018/07/14 | 更新日 : 2018/08/17

伝記の盲点

前回のコラムで、私の趣味として伝記を読むことをあげていましたが、多くの伝記に共通する大きな盲点があることに、最近気づきました。

それは「ネガティヴな場面がメインで描かれていない」ということです。

もちろん、事業に失敗したとか、研究がうまくいかない、売れない、などのネガティヴな場面は描かれているのですが、ほとんどの伝記は、その後、意思を貫いて努力した結果、大成功しました。めでたしめでたし!という形で締めくくられています。

この流れは、読んでいてとても気持ちがいいものです。

私も、そうなりたいと思ったものです。

が!

いざ実際に起業して、自分のわくわくする想いを形にしようとしていくと、一体どうなるかというと。

意志を貫く気がおきなくなるくらいな茨の道が待っています。
そちらの道が正解とは思えないくらい。

伝記はあくまで結果論で大成功した人のお話を、本人や誰かが晩年や死去後に思い出して書いたものなので、仕方がないとはいえ、ほとんどの場合、良い結果になった出来事がおおげさに綺麗に書かれます。

うまくいった部分をメインに描こうとするのです。

後年、人々が褒めたたえてくれるようになったおかげで伝記が出版されるほどになるわけなのですが、そこにいたるまでの事実としての周囲の足のひっぱり、世間の冷たい扱いなどが霞む結果となります。
そんな時期もあったよねぇ、みたいな、成功までのほんの隠し味的な扱いです。

伝記に描ききれていない部分、たとえ描かれていても成功の前の通過点としてあっさり描かれてしまう、このネガティヴ要素の数々をいかにくじけずに、いかに流されずに、いかに突破するか、が伝記を読んで実践する際の本当の眼目なのだと思います。

思えば私は20年近く、完全にこのネガティヴ要素に屈して、楽な道、安易な道を選んで、そこそこ(というよりかなり)幸せな暮らしをしてきました。

最近、そのミスに気づいて、自分らしく、わくわくする道を選ぼうとしたとたん、以前回避できていたネガティヴ要素が再び襲ってきました。

例えば、世間体をとやかく言われる、不安がられる、心配される、そして足をひっぱられる。

まるで、自分らしさを追い求めようとすることを阻止する見えない次元でも存在するのか?と思うくらい、ありとあらゆる方法で、なぜか全力で抵抗しようとする人達、屈したくなる出来事がやってきます。

これ、おそらく、伝記に書かれるくらいの人は全員体験しているはずです。
しかも、その抵抗はものすごく強烈だったと思います。
普通の人には、私のように屈しちゃった方が楽なくらい。

一本ねじがはずれているくらいの天才奇才はそんなことは意に介さずに楽々偉業を成し遂げられ、その他の人は、傷つきつつ、それでもこっちが正しいから歩もうと決意して、茨の道を一歩一歩進んで、そうしてようやく結果が出たはずです。

そんなの当たり前でしょ!みんなそれを乗り越えるんだよ、と頭では思えるかもしれませんが、いざ自分が当事者になって、実際に自分らしく生きようと思ったとたん襲ってくるネガティヴ勢力って、相当なものです。

幼い頃から伝記の中の壁を乗り越えて飛躍する箇所を何度も何度も読んでそうなりたいと思っていた私が、スピリチュアルな個人リーディングやらインドの葉っぱなどから自分の使命を20代中頃には知っていた私が、頭ではわかっていたのに、壁を乗り越えようとせず、本来の方向に全く進まない道を選び続けたくらいですから。

なんでそんなことになったかというと、

  1. ネガティヴ要素の壮大さが伝記で伝えきれていない
  2. そもそも襲ってくる種類が各個人で違うので、いざという時、参考にならなかった

ということになるかと思います。

第一、伝記に書かれるくらいの人って、全員ネガティヴな壁を突破した後の人なわけなのです。
だから、ネガティヴな壁を越えられない人向けの話にはなっていないわけで、そこは「伝記」と並んで私の守備範囲だった「自己啓発本」や「精神世界本」などが担当してくる話となります。

でも、それらの本を読んでいてもなお、20年全く自分に沿わせることができませんでした。

そちらはそちらで別の盲点があるんですよ。

ネガティヴ要素って、「やっぱりこの道ちがうんじゃないかな…」って思ってしまいたくなるくらい、各個人にとって強烈な体験の数々なので、ほとんどの人は伝記の主人公になる前に、見えない壁に屈して諦めてしまうのではないかと気づきました。

「そうじゃないよ、その道でいいんだよ!」と陰ながら応援したいです(自分に対しても笑)。

ちなみに、私の父、木原信敏は『ソニー技術の秘密』を読めばわかりますが、一本ネジがはずれたタイプです笑

ソニーの創業者の一人、盛田昭夫さんは『学歴無用論』を読むかぎりでは、茨の道乗り越えタイプですね。

両方とも、本人監修の伝記なので、非常に学ぶことが多いです。

そういう意味では、自社本の宣伝になってはしまいますが、
伝記は絶対、本人が書いたもの、監修したものを読むことをオススメします

視点軸が違うんです。

他の研究家、歴史家が書いた伝記は、いかにこんな結果になったか、が主軸になっています。

体験した本人が書いた伝記は、結果よりも、茨の道を乗り越える方法、が主軸になっています。
本人しか書けない内容ですし、そちらが伝えるべき眼目なんだってわかっているからですね。

まあ、父の場合は、茨の道という感じが全然しないので、物事の感じ方の練習、わくわくするとはどんな感じか、どんな効能があるのか、に気づくのにちょうどいい伝記かなと思います。
ああいう風に感じられたら、みんな、自分の仕事にわくわくして楽しめ、結果的に世の中の役に立てること請け合いです。

盛田さんの方は、もっと実践的、具体的に、茨の道の突破方法が描かれているので、これから起業しよう、自分の夢を形にしようと思っている方は、是非読んでいただきたい伝記ですね。